半世紀以上ウサギ界を支配するウサギ界のタラちゃん。その名はナインチェ。
すべては1955年にはじまった・・・。
この年、オランダはユトレヒトの一角で一匹の雌ウサギが誕生し、ウサギ界の勢力図を完全に塗り替えることとなった。その誕生から今に至る道のりで、日本柔道がアントン・ヘーシンクの袈裟固に泣かされ、永遠にそびえたつとも思われたベルリンの壁が崩壊し、オランダサッカーが三たび世界の頂点を逃し、海老蔵が西麻布で飲みすぎてマオマオし、カダフィまでもがなぎ倒されようとしているが、そのウサギは依然としてウサギ界を牛耳り続けている。
そのウサギの名は・・・。
ナインチェ。ナインチェ・プラウスだ。彼女は、何種類かの偽名を巧みに使い分け、世界各地に違和感なく浸透することに成功した。まずイギリス進出に際して、「ミッフィー」と称した。また日本では「うさこちゃん」とも名乗っている*1。
『ディック・ブルーナ ぼくのこと、ミッフィーのこと』を読んだ。
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半世紀以上の時を経て誕生時と変わらぬ愛くるしさをふりまくウサギ界のタラちゃんこと「ミッフィー」。その生みの親であるディック・ブルーナさんへの一問一答形式で編まれた一冊だ。2005年に出ているが、出来れば兎年の今年に出してほしかった一冊だ*2。
この本で77の質問が投げかけられており、それに対してブルーナさんがいずれも丁寧で素敵な回答をしておられるが、すべて書き写して公開してしまいたいくらいなのだが、そんなことをしたら百度ライブラリーとどう違うんだということにもなりかねないので、印象に残った問答に限定して紹介したいと思う。
80近くもある質問の中に「なぜ、ミッフィーはいつも正面を向いているのですか?」というものがある。「ミッフィーがどこを向いてようが俺の勝手やんけぇ。ごちゃごちゃ言わんと黙って20冊くらい買っとけやぁ」などと悪態をついてくれれば、ブルーナさんのわたし的好感度はぐっとアップなわけですが、そこはさすがオランダでアントン・へーシンクと並ぶ人格者と称される*3ブルーナさん。ミッフィーたちが常に正面を向いている理由を次のように明かしている。
よく「なぜ?」とたずねられるのですが、子どもたちの正直なまっすぐな目に応えようと思ったからなのです。小さな子どもたちは純真な目でストレートにこちらを見つめます。その心はとても正直です。
だから、正面向きの絵というのは、うれしいときにも悲しいときにも目をそらすことなく、読者の子どもたちと正直に対峙していたいという気持ちのあらわれなのです。
真面目か! と突っ込みたくなるが、ブルーナさん本当に良い人なんです。全編にわたってそれがにじみ出ています。
また、「どうしてミッフィーの口はバッテンなのですか?」という質問もあった。詳しくは実際にこの本を手にとって読んでいただきたいのだが、簡単に言うと「子どもだったぼくには、うさぎの顔はそのように見えた」とのこと。これには何か秘められた特別の理由があると想像していたので、その意外性に思わず笑ってしまった。
またその問答の中で、ミッフィーの両親など大人の口に、バッテンに加えて横棒が引かれる(下図参照*4 )理由も明かされていてこれも面白かった。
上の図の口の部分にある横棒は何か?*5 答えは「年齢をあらわす、いわゆる「シワ」」だそうです。バッテンには理由がなくて、こっちには理由があるのか。逆であるべきなような気がするが、なんで逆であるべきなのかもよく分かりませんね。
それはさておき、ブルーナさんは、「ふつう」であること「シンプルであること」に非常に強いこだわりを持っている。この本でブルーナさんがシンプルを追求することの難しさを語る場面があってその部分も非常に興味深かった。
作品を描くときに、なんの準備もなしに一瞬のひらめきでできあがる形というのは一つもありません。
(中略)スケッチをもとに、くる日もくる日も形から無駄なものをギリギリまで削ぎ落としていくのです。(中略)
シンプルに描けば描くほど、ふつうなら気づかないほどのわずかなミスが欠点として浮きあがってしまうからです。(中略)
もし、違和感があるときには、それがなくなるまで描きつづけるので、一枚の絵を描くために百枚もの下絵を描くことも少なくありません。
シンプルであるがゆえの難しさ。そういった部分を垣間見ることもできる一冊になっている。また、彩色は色紙を使って切り絵の手法でするというような具体的な創作方法の話なども盛り込まれているし、名作『ボリスとあおいかさ』のアイデアが日本滞在時に得られたというエピソードも盛り込まれていてとても楽しい。
ブルーナの全作品リストも掲載されており、お見合いや就職試験やフリーメイソンのオフ会など、大事な場面ですぐに取り出せるように常に鞄に忍ばせておきたい一冊だ。マクドナルドはスマイルは有料にしていいので、この本を各店舗に五冊くらい置いておいてほしいと思いました。