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明治天皇、カフェオレ、麩饅頭

明治天皇の一日 皇室システムの伝統と現在 』(新潮新書)を読んだ。




まえがきで、次のように本書の概要が説明されている。

本書では、明治宮廷での、天皇、女官、侍従たちの何気ない一日の生活ぶりをじっくりと見てゆくことにします。(中略)戦争など非常時ではなく、むしろ、平凡な普段の生活の中にこそ、変えがたい宮廷のシステムの謎が潜んでいるはずです。特に「奥」と呼ばれる、女官たちが仕えるプライベートスペースでの過ごし方は、いろいろな面で重要です。日常の些細な物事の中に、皮膚感覚のそれゆえに変えがたい、宮廷問題の核心があるはずだと思うのです。


こうして、明治宮廷の一日が再現されていく。基本的に側近の回想録などに基づいている。新しく出てきた資料とかに基づいているわけではないので、皇室フリークの方々にとっては目新しい内容ではないのかもしれない。だが、私の場合で言うと、明治天皇については、富国強兵という時代背景とのセットで、妄想の翼をはためかせるだけだったので、勝手に厳格でカクカクシャキシャキされているのかと想像していた。しかし、本書で明治天皇のパーソナリティーに触れた部分を読んでみて、随分とイメージが違っていて驚いた。




ということで、おもむろに表題の件に話題を移しますが、明治天皇がカフェオレとパンを食べていたという話はたぶん割と有名で、私も中学か高校の歴史の授業かなにかで聞いたような記憶があります。しかし、本書では、さらに一歩踏み込んで(?)明治天皇の衝撃の朝食メニューが紹介されている。これは元側近による座談会から引用されているので孫引きになってしまって申し訳ないですがびっくらこいたので引用しておきます。

朝のお食前に差上げるコーヒーは一合入りが二本で黒い色をしていましたが、牛乳が少し入った色をしていました。それを召し上がるのはパンではなくて、生の麩でした。水っぽい餡が入っていました。


まさかのカフェオレ&麩饅頭。東進ハイスクールの林先生なら「なに飲むの? お茶でしょ!」と突っ込んでしまいそうです。さまーずの三村さんなら「カフェオレ好きかよ!」とツッコムところでしょうか。まあとにかくカフェオレがお好きだったようです。それから甘いものも。ただ、このカフェオレ&麩饅頭説に対して、従来からのカフェオレ&パン説も根強いらしく、どちらがどのくらいの頻度だったかは分からないようです。


また、明治天皇の食事中の服装も紹介されているが、ものすごくリラックスした様子で驚きました。もちろんプライベートな場での話ですが。正直、そのあたりのおっさんと変わらない格好に衝撃を受けました。そのあたりのおっさんと言っても地域差、年齢差、個人差などがあるのは承知しているので、気になる方は明治天皇の朝食時の格好が、あなたのまわりのどのおっさんに近いのか本書で確かめられると良いかと思います。


それから、本書を読んだことで皇后美子にも非常に興味がわきました。皇后美子は、皇后として初めて西洋式のメイクを取り入れた方ということになるのですが、伝統的な化粧法(舞妓さんのそれですね)から西洋式メイクに切り替えた日付けまでわかっているんですね。明治何年くらいのことか想像つきますでしょうか。皇后美子に関しては、喫煙のエピソードとかも凄く面白かったです。とにかく大変な愛煙家だったようです。


「家族」ということで言うと、明治天皇の愛犬についての話題もありました(ちなみに大正天皇のペットはご存知でしょうか。本書にはそれも出てきます。)。明治天皇の愛犬ボンと、天皇に仕えるお小姓(公家の子弟で構成されていて彼らには侍従職出仕という役職名がついている)との「攻防」はコメディみたいで腹を抱えて笑いました。また、お小姓たちのエピソードがそれ以外にもいくつか紹介されていて、彼らの睡魔との戦いとかも非常に微笑ましかったです。




以上で触れたような皇室のプライベートに対する野次馬的関心として面白いという面だけでなく、皇室というシステムを理解する上でも興味深い指摘があった。最終章の第七章は「様変わりする歴代皇室」と題されて、明治天皇以降の皇室の変化が概観されている。この中で著者は、皇室の結婚の分岐点として、今上天皇美智子皇后との結婚よりも、昭和天皇と皇后良子の結婚を強調している。これは、宮廷改革との結びつきから分析されているのですが、非常に面白かったです。


また、昭和天皇が推進した宮廷の合理化が、結果的に、皇室の外部からの情報を遮断してしまう一因となったという指摘もあった。これは、具体的には、明治期には存在した「侍従詰所」の廃止と絡めて議論されている。この指摘が正しいとすれば、その後の歴史にも重大な影響を及ぼしたことになるが、こういった宮廷制度と政治との関わりが本格的に分析されているのであればちょっと勉強してみたいなと思ったがどうなんでしょう。ご存知の方がいらしたら教えてくださいませ。




本書全体を通じて、伝統の維持という視点が宮中の生活でいかに重視されているかが理解できる。天皇が風呂に入る手順とかを読むと、笑えるほどくつろげない入浴でびっくりする。とにかく前例、先例が重視されるのだ。しかし、その一方で、本書を読むと天皇自らの意向でルールがある意味で簡単に変えられているように見える部分もある。そしてなにより、明治以降、皇室においても急速な西洋化が進められたという事実がある。このあたりの力学がどのように決定されているのか、天皇個人の意向で変えられる部分と変えられない部分、その辺りのところをもう少し推し進めて分析していただけるように期待したいなどと思った。





これ以外にも本書を読むと以下のことが分かる。

  • 天皇の食事では、天皇が実際に食べる量よりも多めに盛り付けられているが、それはなぜか?
  • 大臣や将軍が明治天皇に拝謁する際、天皇は椅子に座らずに起立したままだったので、当然相手も終始起立していたという。ところが、例外的に椅子を賜った人物が三人いたそうだがそれは誰か?
  • 明治天皇が大好きだった質問というのがあって、侍従職出仕(公家の子弟で構成されるお小姓)などにたびたび問うたそうであるが、それはどんな質問だったか?
  • 明治初期には宮中に西洋料理のマナーを知る人物がいなかった。そのため明治天皇侍従職出仕であった西五辻文仲にマナーを習ってくるように命じたが、西五辻はどこで習ったか?
  • 天皇が女官の体力増進のために考案した緞通巻と呼ばれた運動があったそうだが、これはいかなるものか?(これはすごくユニークで面白い)
  • また、侍従や侍従武官にも天皇自ら考案した「間数」と呼ばれるゲームをさせたというが、これはどんなゲームだったか?
  • 天皇がお風呂に入る時には、天皇専用の風呂場(御湯殿)とは別の場所にある釜で湯を沸かしておいて、それを手桶で御湯殿の湯船まで運ぶという面倒なことをするという。このお湯を湯船まで運ぶのは誰の役目か? ヒントを出すと、この人達は猪瀬都知事の『ミカドの肖像』にも出てきます。ちなみに、運ばれてきたお湯を湯船に入れるのは別の役職の人というややこしさ。
  • 明治天皇の側室(権典侍)は基本的に世間からの注目を浴びることはなかったが、一度だけ一般の人々が衝撃を受けた「事件」があったというがそれはいつ起きたか? また、なぜそういう事態になったか?

ということでいろんな意味で面白かったです。新書なのですぐ読めます。