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「せっかちな野郎は支援の場から去れ!」

エドガー・H・シャインの『人を助けるとはどういうことか  本当の「協力関係」をつくる7つの原則』を読んだ。



かなり前になるが、司馬遼太郎だったか上岡龍太郎だったか忘れてしまったが、「アメリカの大学というのはものすごいプラグマティックで、小説の書き方を教える学科まであるんやけど、そんなもんてほんまに教えられるんかいな」みたいな話をしているのをなんかの本で読んだ記憶がある。今回読んだ『人を助けるとはどういうことか』は、人助けをテーマにしている。それこそ、そんなことを体系的に教えることなんか可能なんだろうか、もう助けてというのが読む前の印象だった。


目次は以下のとおり。

1 人を助けるとはどういうことか
2 経済と演劇―人間関係における究極のルール
3 成功する支援関係とは?
4 支援の種類
5 控えめな問いかけ―支援関係を築き、維持するための鍵
6 「問いかけ」を活用する
7 チームワークの本質とは?
8 支援するリーダーと組織というクライアント
9 支援関係における7つの原則とコツ


目次をみると分かるように、「支援」の話から「チームワーク」や「リーダーシップ」の話へと展開しており、おやっと思われるかもしれないが、読んでみると違和感なく一連の話としてつながっていることが分かる。というのも、著者のエドガー・H・シャインさんは、名前から素直に連想するとどこかの社員なのかと思ってしまうが、その正体は組織心理学、組織行動論の大家で、MITのスローン経営学大学院名誉教授ということで、「支援論」と「組織論」とは著者の長年のキャリアの中で構築されたものであるらしい。シャイン先生の経歴については、本書の監訳者解説で詳しく語られている(本書は全体で290ページ程度だが、なんと監訳者解説が40ページ近くもある)。


さて、MITスローンの先生が書いた本なので、朝三時半に起きて翌朝の四時まで働くエリートビジネスマン達が想定読者なのかなと思ってしまうのが人情というものだが、実際に読んでみるとそんなことはないことが分かる。まえがきで著者は次のように述べている

支援に関する一般理論は、あらゆる状況における効果的な支援と、効果的でない支援との違いを説明できなければ役に立たない。それには曲がり角で道を尋ねた人に方向を教えるといった、ごく単純な支援も含まれる。


確かにここで言われているように、昼近くにもぞもぞと起きだして、異物混入前に買いだめしていたペヤングをむしゃむしゃと食べたら、夕食直前までまたたっぷり昼寝をして、コンビニ弁当を食べながら深夜に数独をやっているような人たちにとっても有益な内容になっているのが本書の特徴であろう。本書で実際に出てくる事例としては、シャイン先生自身が経験した次のような「支援」が挙げられていた。あるとき、シャイン先生が自宅を出たところで、車を運転していた女性から「マサチューセッツ通りはどちらですか」と尋ねられたというものだ。私のような田舎者は真っ先に「そもそもマサチューセッツ通りってどこやねん!」と脊髄反射的に思ってしまったが、我慢して読み進めていくと、そこでのやりとりの中にやはり支援の本質が潜んでいることが分かるようになっているのだ。


また、本書の原題は『Helping: How to offer, give, and receive help』であり、支援する立場の人だけでなく、支援を受ける立場の人にとっても示唆に富んだ内容となっている。支援する人がいるということは、支援される人がいるということであるわけで、支援の質を高めるためには、支援する側の質を高めるという方法だけでなく、支援される側の質を高めるという道もあるということだ。本書の第4章「支援の種類」においては、「支援者が知らない五つのこと」という節に続いて、「クライアントが知らない五つのこと」という節も用意されており、支援を受ける側の心得も具体的にまとめられていて面白い。



本書は全体に非常に平易に書かれており、読んでみて内容を理解できないということはないと思う。なので本書の要約をここでする必要性を特に感じないのだが、それではあんまりさびしいので、頼まれもしないのにあえて本書のメッセージを自分なりにまとめるとすると「せっかちな野郎は支援の場から去れ!」ということに尽きると思う。「問題」が分からないうちに上から目線で「解答」を提示してしまう糞コンサルタントなどタンスの角にしたたか足の小指を打ちつけられてしまえと仰っているのだ。そんな下品な表現はいっさいないけど。さらに、もう一歩絞り込んで、本書において大事なキーワードを挙げなさいと言われたならば、「控えめ(humble)」という単語がトップ100には入るだろう。支援者が辛抱強く控えめな問いを繰り出し、クライアントとの信頼関係を築きながら、(クライアント自身も気付いていない)真の問題をあぶり出すことが、支援を成功させるのにいかに重要であるかということが、本書では一定の説得力を持って語られている。また、そうした支援関係を構築・維持する際の実践上のコツも、第5章、第6章などでかなり丁寧に提示してあり、支援についての一般的、概念的な解説だけでなく、日常生活での様々なシチュエーションですぐにでも役立つ内容となっている。


しかし、本書を読み終えて、なるほどと思わせるものが多々ある一方で、ちょっと待てよという疑問符もちらついてくる。果たして、チームの文化やメンバーの個性をよく理解しようとする「控えめ」なリーダーがいる組織こそが、世の中に革新をもたらすような大きな成果をあげているのだろうか? 天才的な糞野郎の一瞬のひらめきによって支えられる独裁的な組織こそが革新の担い手になるということはないのだろうか? つまり、支援する側と支援される側との満足度と、そこから生まれるパフォーマンスとの間には、どの程度厳密な関係があるのだろうかという点は疑問として残った。皆さんは本書を読んでみてどのように感じられるだろうか。