ヴィンチ村のレオナルドさんに負けない方法

この記事のタイトルに対する答えは、布施英利さんの『君はレオナルド・ダ・ヴィンチをしっているか』という本の中にある。ちなみに「英利」と書いて「ひでとし」ではなく「ひでと」と読みます*1



この『君はレオナルド・ダ・ヴィンチをしっているか』というタイトルを見て、思わず「はい知っています」と答えてしまったわたしだが、読んでみて自らのあさかさは、あささはか、浅はかさが許せずに、自分の顔面を何回も殴打してしまった。顔面すまん。


さて、この本によると、ダ・ヴィンチの絵画作品はたったの十数点しか残っていないそうだ。これはわたしにはかなり意外だった。だから、ダ・ヴィンチに勝つ方法というのは「絵を20点くらい描いて残しておく」というものだ。質で負けるなら量で勝負というわけです。イライラさせて申し訳ない。お詫びに、自分の顔面を何度も殴打しておくので許してほしい。そして無実の顔面すまん。




さてさて、この本を読むと、ダ・ヴィンチの作品を改めて鑑賞してみたくなる。解説本として優れている証拠だと思う。観てみたくなる理由としては、ひとつには各作品の「鑑賞ポイント」が記されていることが挙げられる。例えば、『キリストの洗礼』という作品について。

p. 27

左脇に二人の天使が、キリストを祝福するようにしゃがんでいる。この天使のうち、左にいるのをレオナルドが描いたのだ。
 その天使の髪はやわらくうずをまき、頬も衣服もやわらかく、肩飾りの宝石の輝きなど、奇跡としか思えない描きぶりだ。

「奇跡」観たい! それから例えば『カーネーションの聖母』という作品について。


p. 77-8

この絵の中に、二箇所だけ、息を呑むような美しい表現がある。一つは、マドンナ(聖母)の膝のしわと質感は、世界中でダ・ヴィンチしか描けないだろうという絶品だ。そして、もう一つが、マドンナの左手だ。(以下凄すぎて略)

美術の先生は「膝のしわを見ろ!」なんて言ってなかったぞ!と叫びたくなるような解説だ。





そして、この本のもう一つの魅力は、ダ・ヴィンチの作品全体に通底するテーマ、つまりダ・ヴィンチのモチーフ(についての著者の考え)が、謎解き形式で説かれている点だ。もちろん玄人の方からすると異論反論オブジェクションもあるのでしょうけど、芸術音痴のわたしのような人間にはセンキュー多事総論といったところだ。例えば、63ページに次のようにある

つまりダ・ヴィンチは、生涯をかけて「たった一枚」の絵を描いた。絵は十数点残されたが、そこを貫くのは「ひとつのこと」である。


またダ・ヴィンチは女性肖像画を三枚残していて*2、この三枚はそれぞれ二十代前半、三十代後半、そして晩年の六十代に描かれているそうだ(三枚目が『モナ・リザ』)。著者は、このダ・ヴィンチの人生のそれぞれの時代に描かれた女性肖像画を題材にダ・ヴィンチの芸術の深化を探っていく。

p. 69

ダ・ヴィンチの女性肖像画には「美術」でも「女性」でもない、なにか別の魅力がある。ともあれ、ここでは、「無表情から微笑へ」、その図式だけでも頭に入れておいてほしい。謎解きは、このあとのページでのお楽しみということで。


さあここまで言われると、おっちょこちょいな人は盗んだバイクで近所の本屋まで走り出してしまったのではないでしょうか*3。とにかく読みたくてイライラしてきたでしょう。わたしの口座に1000円振り込んでくれればすぐにでも結論を教えてあげちゃうけど、この本の定価は800円しないぞ。落ち着いて!



また、ダ・ヴィンチの伝記を初めて書いたヴァザーリという人が『モナ・リザ』について綴った文章があり、それが本書でも紹介されている。ところが、それが『モナ・リザ』を見て書かれたものとは思えないような描写になっているのだ。この「矛盾」に対する美術評論家のケネス・クラークのアクロバチックな解釈が本書で紹介されている*4。これを読むと絵画鑑賞の可能性がぐんぐん広がるような気がしてくる。是非この部分も読んでみてほしい。というか、ど素人のお前が「絵画鑑賞の可能性」とか言うな! 顔面パンチ顔面パンチ。顔面とばっちりすまん。


その他、ダ・ヴィンチが胎児の絵まで描いていた*5ことや、性交時の性器の結合の様子を透視図のような感じで描写*6していたことなども知らなかった。もちろんそういったトリヴィアも満載でお得な一冊だと思います。




ところでネット上でのこの本に対する評価をちらほら見ると、「文体が軽め」とか「表現が稚拙」とかいうのがありましたが、それはプリマー新書だから当然じゃないかとも思ったけど、どうなんでしょ。

*1:英利ロザンナ。なんでもないです。

*2:これもたったの三枚だけなんですね

*3:私の記憶が正しければ盗んだバイクで走り出す行為は日本国憲法みたいなので禁止されているはずです

*4:またケネス・クラークか!

*5:この本の中にその図版が載せてあるのだが、子宮が桃のようにぱっくり割れた感じになっていてその中にうずくまっている胎児が描かれており、まさに桃太郎を思わせる。著者は死亡した妊婦の解剖に立ち会う機会があったのではないかと推測している

*6:これも想像しにくいかもしれませんが、本書内に図版がありますので観てみてください