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『明治百年 もうひとつの1968』を読んだ

読書 社会

明治百年―もうひとつの1968
小野 俊太郎
青草書房
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1968年。明治維新から100年目。フランスの五月革命に代表される若者の叛乱が各国で起きていた。日本でも大学闘争が拡大し、東大では安田講堂などが学生等によってバリケード封鎖され、東大の卒業式は中止に追い込まれる。また、この年10月の国際反戦デーでは「東京の新宿駅に一万五千人以上の学生が集まり、その一部が駅を占拠して解放区としたせいで、二十二日の深夜0時過ぎに騒乱罪が適用」され、743人が逮捕されるに至った。いわゆる「新宿騒乱」である。こうした「事件」に代表されるように、60年代後半と言えば「政治闘争」の時代として記憶されている。


しかし、と著者は訴える。

あたり前だが、日本全国がどこでも均一な政治意識をもっているわけではない。(中略)エリート主義的な臭いの抜けない大学闘争の観点からでは、どうしても見方が偏ってしまう。では、それ以外の多くの場所では平凡な日常生活が繰り返されていたにすぎないのだろうか。国民は「情報弱者」の群れであったり、「一億総白痴」(大宅壮一)だったのかーいや、そうではあるまい。人々は、変化をもっと身近な出来事から感じていたのだ。


さらに著者が1968年に注目する理由はこれだけではない。少年マガジン誌で『あしたのジョー』の連載が始まり、『巨人の星』のアニメ版放映が始まり、3億円事件が起きた1968年に「今の状況とつながる重要なシステムの書き換えや新しい出来事が起きて」いたというのだ。それは霞が関ビルのオープンであり、自動券売機の配備であり、ポケベルの利用開始であり、郵便番号の導入であった。また、原子力発電の商業利用が承認されたのも1968年だという。それゆえ1968年における「社会の動きを作りだした背景を探」ることで、「過去を振り返って進むうえでの分岐点が間違っていたり、誤りを正せる瞬間を見つけることができるのならば、現在からでも過去の誤謬を修正できるかもしれない」と著者は本書のあとがきで述べている。


本書で様々な事件、事象が並べられ、順にそれを眺めていくことで、この年に何が起きていたのかを知識としてつかむことはできた。またそうした事象多様性から、当時の人々の意識の多様性が朧気ながらつかめるような部分もあった。しかしその一方で、私自身は1968年にはまだ誕生していないということもあり、肌感覚としてこの時代が理解できるわけではないな、などと思ったのだが、実はよくよく考えてみると、周囲の人々が何を考えているのかということは現在という同時代のことですら分かってないわということに気付いてショックを受けた。もっと言えば、他者の理解ができないということだけでなく、私自身が現在起きている様々な事象ーそれは安保法制や原発などの政治問題であったり、子育てや介護などの社会問題であったりと様々なのだがーに対してどういう態度をとるべきなのか決めかねている、というか決めかねているうちに事が進行するままに任せるという態度が常態化していることに気付いて戸惑ったり狼狽えたりしてしまった。