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長州の薩摩disがエグすぎてドン引き 『未完の明治維新』読んだ

『未完の明治維新』という本を読んだ。



本書は、元治元年(1864)から明治十三年(1880)に至る16年間の幕末・明治史を分析したものである。読み終えてみて、これだけのことがわずか16年の間に生じたのだということに改めて驚かされる。


元治元年というのは、西郷隆盛勝海舟の初めての会談があった年である。第一章「明治維新の基本構想」の冒頭は、この会談の場面から始まるが、このひと月前にイギリス、フランス、アメリカ、オランダの連合艦隊による下関砲撃事件が起きている。八重の桜を見ていると倒幕か佐幕かというドメスティックな対立が前面に出ているが、背景には国家の危機、それも差し迫った「今そこにある危機」にどのように対応するかという問題があった。西郷が大阪にいた勝のもとを訪ねたのは、この危機の打開策を求めてのことだったという。ここで西郷は勝に心服するわけだが、この話し合いのキーワードとなったのが、佐久間象山の「強兵論」、横井小楠の「富国論」、大久保忠寛らの「公議会論」などであった。


本書は明治維新期に掲げられた4つの政策目標を軸にして、激しく揺れ動いた革命期の政治を俯瞰している。その4つの目標のうちの3つは先の西郷と勝の会談で既に語られていた「強兵」「富国」「議会設立」であり、4つ目が「憲法制定」である。そして本書では、それぞれの政策目標を代表する人物として、西郷隆盛大久保利通板垣退助木戸孝允を挙げている。


本書を読んで面白かったのは、この4つの立場を代表する4人の人物の主たる目標が一致していなかったという事実の指摘だけでなく、それぞれの連携と対立の距離感も整理されている点であった。細かい議論は本書を直接あたっていただくしかないのだが、「大久保と板垣、西郷と木戸とは政策的な共通点がなく、人間的にも仲がよくなかった」ということになるという。西郷から見ると大久保とは富国強兵という方向で連携可能であるし、板垣とは対外強硬路線という接点があるが、木戸とは大きな距離があったという。本書には西南戦争で西郷が劣勢に立たされていた時期に、木戸派の青木周蔵が同じく木戸派の伊藤博文に当てた手紙が紹介されている(青木は当時ドイツ公使としてベルリンに滞在中)。孫引きになって申し訳ないが引用する。

 時に『バル』的芋賊らなお悔悟降伏の模様これなく、日隈 [日南、大隈] 辺陲において引続き抗戦罷り在り候由、・・・勿論賊徒降伏の日は、いわゆる寛大の文字御聴入れこれなき事と存じ候えども、到底一日も早く膺懲の功行届かせられ、(後略)


著者の坂野さんもこれについては次のように述べている。

これまでも西郷派を「芋」と表現した史料はいくつか紹介してきたが、"バーバリアン的芋賊"は初めてである。木戸派は西郷派をそこまで憎み、かつ軽蔑していたのであろう。

木戸孝允も手紙の中で、薩摩のことを芋、土佐のことを鰹節、安芸のことを薬缶と呼ぶなど言いたい放題。こうした史料から我々がまず学ぶべきなのは、読んだ手紙はすぐに捨てなくてはならないということだ。スキャンしてエバーノートで保存などもってのほかである。


それはさておき、本書は、こうした連携と対立の相互作用の中で各派が浮沈を繰り返しながら、明治維新が作り上げられていく過程を追う。本書の分析の対象の最終年は1880年(明治十三年)なのだが、ついにこの年に「武士の革命」としての明治維新が終焉したというのが著者の見解である。この観点から眺めてみると、明治維新の英雄達が目指した「立憲」や「議会」の実態がいかなるものであったかをより良く理解でき、武士の革命の到達点とその限界がより明瞭になるように思った。


こうして本書を読み進めながら怒涛の16年間を駆け足でたどった上で、「エピローグ」にある次の記述にたどり着くとなんとも名状しがたい感情が湧き上がる。

もし、西郷、大久保、木戸、板垣らが「武士の革命」の「同志」でなかったならば、彼らは次の一歩について相互にもっと慎重だったに違いない。はっきり敵とわかっていた徳川慶喜が相手だったならば、明治六年(一八七三)十月のいわゆる「征韓論争」に敗れたからといって、西郷は兵を率いて鹿児島に引揚げたりはしなかったろう。(中略)敵との間では忍耐強く、かつ合理的に振る舞う者も、同士の間では往々にして憤怒に委せた行動を取りがちなのである。


政治というのは誠に難しいものみたいです。



これ以外にも、「征台論者」であった西郷が征韓論の代表者のようにみなされるようになった経緯についても論じられていて面白かった。私には板垣退助のきなくささを感じる話しに思われたが、関心のある方は直接本書をあたっていただきたい。とにかく手紙などの私的なやり取りを中心に描き出される人物像が新鮮で驚きの多い一冊だった。手紙こわい。