人はいかにして罪と向き合うのか?

今年も細々と読んだ本の感想などを書き連ねてきましたが、今年最後は『ライファーズ 罪に向きあう』という本について書きたいと思います。個人的にはこの一年で最も感銘を受けたのがこの本でした。




タイトルにある「ライファーズ」というのは耳慣れない言葉だと思いますが、日本語では終身刑もしくは無期刑受刑者に相当する。殺人など凶悪な犯罪を犯して服役している人々である。本書はアメリカの刑務所で服役しているライファーズが、自分のこれまでの人生、犯した罪に徹底的に向き合い、人間性を回復し「生まれ変わる」姿を追ったドキュメントである。


著者は映像作家の坂上香さん。坂上さんは、「アミティ」という団体の活動を通じて「罪と向き合う人」を描く。「アミティ」は、アメリカの民間団体で、「名目上は薬物依存者を対象にしている」が、実際は「ありとあらゆる嗜癖問題を抱えた人々がいる」という。活動も多岐に渡っており、共同生活を基本とした社会復帰施設をはじめ、仮釈放者向けの施設や通所のプログラムなどがあるという。


アミティが行っているプログラムのベースとなるのはtherapeutic community (TC) という概念である。日本では治療共同体や回復共同体と訳される。

ある考え方や手法を使って、同じ類の問題や症状を抱える人たちの回復を援助する場のことだ。多くの場合、同じ問題や症状を共有する人々が語り合うことを通して互いに援助しあう、自助グループのスタイルをとる。


アミティが非常にユニークなのは、まずスタッフの多くが自身も元受刑者で「壮絶な過去」を背負っていることだ。餅は餅屋と言うと不謹慎に響くかもしれないが本書を読んでまさにこの言葉が当てはまる気がした。アミティではスタッフのことを「デモンストレーター」と呼ぶそうだが、彼らはまさに体現する者なのだ。同じような境遇から見事に立ち直った人たちだけが持つ説得力がアミティの活動を支えているようだ。


本書を読んで、個人的に最も衝撃を受けたのは、この言ってみれば一民間団体に過ぎないアミティが、出所後の復帰支援だけではなく、刑務所内で更生プログラムを展開しているという点だった。例えばアミティは、カルフォルニア州などの矯正局から委託されて、刑務所内での更生プログラムを実施している。つまり、刑務所内で受刑者による治療共同体=TCが築かれるということだ。


そしてこの刑務所内TCで不可欠な存在となっているのが前述のライファーズだという。ライファーズは服役期間が長いこともあり、刑務所内での影響力が大きい。アミティのプログラム参加歴も長くなる。そして研修等も受けて経験を積み、服役したままスタッフと同様のデモンストレーターになる者も出てくるというわけだ。そして自らの経験を活かして他の受刑者を導く。

彼らの変容を目の当たりにして、他の受刑者も変わりたいと思うようになる。積極的な参加、真の友情、本音を語ること、リスクを恐れず最も辛い事をさらけだすこと・・・。自らの姿勢を通して本音で語れる場を彼らが率先して創造している。ライファーズは身体を張って、進むべき道を指し示す道標になっていたのだ。


挫けそうになる仲間を励ますライファーズの言葉が紹介されているが、その一つ一つが非常に力強い。もちろん、「更生」に成功した事例を中心に取り上げているからということもあるのだろうけれども、人間は本当にここまで変われるものなのかと思えてくるような例が紹介されている。著者の坂上さんは、アミティへの取材の過程で、ライファーズのおかげで自分は立ち直れたという言葉を幾度となく耳にしたという。アミティの支援を受けた受刑者の再犯率は劇的に低いという。



こうしたアミティの「成功」を支えているのがアミティの理念なのかもしれない。本書はアミティの特徴を次のように指摘する

米国には、依存症者の治療を目的とした施設が数多く存在するが、アミティとそれらの大きな違いは、単に問題行動を止めるのではなく、人間的な成長を目指すところにあるといえる。そこに欠かせないのが、人とのつながりだ。


受刑者の多くは生まれ育った環境に問題を抱えている。彼らにとって「TCでの日常こそが、生まれて初めて体験する安全なホーム」ということになる。

アミティでは、ホームを、敬意、人間性、希望、ユーモアという四つの要素から成る場と定義している。彼らは刑務所という空間で寝食を共にしながら、それらを学び直し、実践していく。そこは、暴力や罪に向きあうスタート地点、といえるのかもしれない。

「暴力や罪に向きあうスタート地点」に導くというのは犯罪者を「甘やかし過ぎ」なのではないかと感じる人もいるかもしれない。犯した罪に見合った罰が与えられるべきという意見も分からなくはない。しかし、いったん服役してもいずれは社会に戻ってくるということを前提に考えたならば、刑務所に求められる機能のひとつにこの「暴力や罪に向きあうスタート地点」に導くということが求められて然るべきではないかと思う。本書に「被害者支援が先か、加害者支援が先か、と優先順位をつけるのではなく、被害者も加害者も、そして各々の家族や周囲も、ニーズのある誰もが長期的かつ継続的なサポートを受け、変容を遂げていける場が必要なのだと思う。」という指摘があった。確かに、加害者の改心を促すことも、被害者を慰撫することもできないのであれば、それはある意味では社会としての敗北を意味しているようにも思う。


本書では、修復的司法という概念をベースにした、被害者、加害者、コミュニティとの関係修復の試みなども紹介されている。そういう意味では本書は刑務所のエコロジーで完結したものなどではなく、犯罪が生まれるまでの道程から贖罪の過程を経て出所後の試練までも視野に入れたものであり、様々な立場の人の心を揺さぶる一冊なのではないかと思います。今日はクリスマス・イブ。ほとんどの日本人には関係ないわけでしょうけど、せっかくなので便乗して好きな人との距離をさらにもう一歩縮める日にすると同時に、立場の違う人との距離も一歩は無理なら半歩でもいいので縮まるように心がけてみてもバチは当たらないかもしれません。



良いクリスマスを。良いお年を。良い世界を。