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先生がこどものためにできること。親が先生のためにできること。

『教えるな!―できる子に育てる5つの極意』 (NHK出版新書)を読んだ。



タイトルを見て、親がやいのやいの言わんでも子供が勝手にバリバリ勉強し始めて、もうお願いだから勉強やめてみたいな未来予想図を思い浮かべて先走ってニヤニヤしながら読み始めました。


確かに、家庭での子供との関わりについて書かれた部分も面白かったのですが、全体を通読してみて、学校の先生の指導の仕方や、学校と家庭との連携について書かれた部分が個人的には一番面白かったので少し紹介してみます。


まず著者の戸田さん(教師を長らくやられていた方のようです)は「考える力の基本となるのは、自由闊達な好奇心と問題意識」であり、それゆえに、授業においては「子どもの自由な発言を歓迎する雰囲気が大変大事」になると説きます。


本書では、授業での小学四年生のやんちゃな男の子の「突っ込み」をきっかけにして、アドリブで学習を深めていった先生の対応などが紹介されていました。ただ、もし私が先生で、生意気なやんちゃな男の子から途中でチャチャを入れられたら、思わずカッとしてその子の胸ぐらをつかんで「尻の穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたろかぁ」などと言ってしまいそうです。やはり本物の先生というのはやはり立派です。私が先生にならなかったことを日本人はもっとありがたく思った方がいいとも思いました。


さて、授業もブログも脱線が命ということで無理やり脱線してみましたが、話を元に戻しましょう。本書では、自由な雰囲気の授業こそ思考を発展的に伸ばす大事な要素なのだから、授業での「横槍」や「突っ込み」を歓迎しない先生はその姿勢を改めて、横槍脱線を歓迎しましょうと説きます。


この横槍脱線歓迎論については、なるほどなと思う一方で、一抹の不安がよぎったのも事実です。自分のこどもの授業参観などを見ていると、低学年の子などは残念ながら猿に毛が生えた程度の節度しか持ち合わせがありませんから、一度脱線すると歯止めがきかなくなって、はてなハイクのような状態になりかねないなと想像したわけです。


この脱線をうまく活用して授業を活気づけつつ学習を深めていくというのは一種の芸のような部分があるでしょうから、先生方の経験に依存する面が大きいと思うわけですが、そうした個々の先生の努力以外に、制度的に脱線をしやすくする方法はないのでしょうか。この点についても、本書の中にヒントがありました。以下に二点だけ紹介したいと思います。

  • 時間割を先生の裁量で柔軟にする

第三章の「押しつけるな!」で、小学校の時間割をフレキシブルにしてはどうかという提案がしてあって、これはなるほどなと思いました。

小学校では専科以外の科目は担任の先生がだいたい全部もちますから、時間割もいろいろ融通がつきます。たとえば中高学年になれば、時には、算数を二時間続けてやってもよいでしょう(と言っても休み時間はとって)。理科で実験するときなども、四五分ではたりないときもあるのではないでしょうか。


こういう感じで時間割に関して先生方の裁量を大きくして、学期単位くらいで学習進度の帳尻を合わせればいいということにすれば、その時々の生徒の反応を見つつ、ここぞというときに思い切って脱線してみることに対する心理的抵抗が小さくなるような気がしました。

  • 学校と親がざっくばらんに話し合う

第五章「断ちきるな! 学校、家庭、地域に広がる、つながる」では、学校と家庭との連携についても検討されていました。この章ではPTA活動について、先生側が主導権を取りすぎて、自主的な活動が形骸化している点、またPTAは教育内容には口出ししないという不文律があることが問題だと指摘します。確かに地元のPTA活動における学校と保護者の関係というのは、決して険悪なわけではないけれども、どこかよそよそしいというのは私も感じています。


本書では、先生側がむしろ、保護者に「学級運営の根幹に一緒に関わってもらう」ようにすべきと主張します。現状を鑑みるとこれはかなり過激な意見のような気もしましたが、言われてみると確かに親の側が先生にどういう指導を希望するのかという点はすごく大事なことであるにもかかわらず、それをざっくばらんに伝える機会って意外にないということにも気づかされました。なにか問題が生じたときだけ先生とコミュニケーションを取るのでは先生方も萎縮してしまうでしょうから、例えば「体罰はいかんけど、子供がわるさしたら、ガツンと叱ってください」とか事前に伝えておけば先生も毅然とした対応がとれるでしょう。


その他にも学校とPTAとの連携について具体的な提案がいくつかされていましたが、その中で特に、校長先生など学校側のトップと、各学級のPTA代表との連絡協議会を定期的に開催することが提案されていて面白いと思いました。そしてそれに関連して次のようにも指摘されていて芸が細かいなと感心しました。

PTA内のことに目を向ければ、役員と一般会員の間に温度差が生じる傾向がありますから、定期的に開く学校責任者と学級の役員の会には、希望者は誰でも参加できる方式がよいのではないかと思います。


PTAの活動というのも地域によって多様なのかもしれませんが、専業主婦モデルともいうべきシステムが残存していて、総会や連絡会が平日の昼間にあったりして、事実上一部の家庭しか参加できないようになっていたりもします(そういう人に役員などを押しつけてしまうという側面もあるんですけどね)。なるべく多くの家庭が参加できるように制度を整えて、先ほども触れたように、親の側も何か不満があるときだけ学校とコミュニケーションをとるという姿勢を改めて、例えば担任の先生の良い試みがあれば、先生本人には勿論のこと、校長先生や教頭先生にもその気持ちを伝えることが学校のあり方を変える第一歩として大事なのかなと感じました。



そして、本書にあった指摘で非常に印象に残ったのは、上述の活動はすべて校長先生の裁量で可能だよという点でした。実は現在の制度下でも、校長先生の決断ひとつで学級運営のあり方、ひいては学校のあり方というのは随分変わる可能性があるんだなと改めて思いました。


本書で展開される著者の主張のすべてに賛同するというわけではありませんでしたが、家庭での学習にとどまらず、学校のあり方や地域社会との連携まで話が展開されていて色々と考えさせられる一冊でした。著者が元々先生ということで全体的に先生に対する要求が厳しめかなと思いましたが、経験に基いて学校での教師の心得が説かれているので若い先生方向けなのかなとも思いました。