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『大聖堂』を読んで嘘の力を味わう夏

12世紀のイギリスを舞台にした時代小説『大聖堂』を読んだ。

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ケン・フォレット,矢野 浩三郎

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1989年の作品で世界で二千万部売れたらしい。一部あたり一円の印税だとしても二千万円になるから、一部あたり十円だとおそらく百億万円くらいは懐に入っているということになると思う。Wikipediaでみたら、2010年にリドリー・スコット制作総指揮でテレビドラマ化もされて、日本でも昨年放映されたと書いてあったのだけど

日本でも『ダークエイジ・ロマン 大聖堂』のタイトルで(中略)放映された。

という記述に目が釘付けになった。「ダークエイジ・ロマンで行こう!」と決まった会議の場に私も居合わせたかったとかどうでもいいことを思ったりしました。


内容的には12世紀のイギリスを舞台にした歴史小説で、ドーバー海峡をまたがる王権をめぐる争い、王と教会との対立、教会内での権力闘争などスケールの大きな話ですが、とりあえず歴史を知らなくても無問題です。基本ドロドロとした人間ドラマです。日本で言うと、橋田壽賀子作品みたいな感じ *1。「渡る世間は鬼ばかり」の舞台を幸楽からイギリスの大聖堂に移したと思ったらおおよそのイメージがつくでしょう *2


作者はケン・フォレット。昨日なでしこが試合してたカーディフ出身。新聞記者出身でスパイ物や冒険物が得意らしいので、日本で言うと手嶋龍一みたいな感じかなとか、わざとらしく思ったりしました。Wikipediaには著者の写真が出ているのですが、昔は男前だったんだろうなと思わせる感じで、今まで散々奥さんを泣かしてきたのかなとか余計な推測をしてしまいました。スミマセン。


物語の軸となるのは、大聖堂の建築を生涯の目標とする大工の棟梁トム・ビルダーとその一家。前半は大聖堂を建築する環境を求めて一家でイギリス全土を渡り歩く。その過程で、壮絶な貧困、最愛の妻の死、謎の美女との出会いなどがある。そしてもう一つの軸は、大聖堂建築の舞台となるキングズブリッジ修道院の院長フィリップスである。このフィリップスが様々な困難にあいながらも腐敗した修道院の改革を進め大聖堂の建築を実現していく。


『大聖堂』は、ストーリー的には大どんでん返しみたいなのがあるわけじゃなくて、わりとオーソドックスな展開なんですが、読みだすと止まらなくなるから不思議です。ひとつの理由はトム・ビルダー一家やフィリップス院長に敵対する敵役の描き方がもう徹底してるんですわ。悪いのなんのって、もうとにかく無茶苦茶悪いんですわ。とにかく悪い、悪いよぉ。もうイギリスなんて大嫌いになりました。あんな最低のやつがいる国とは国交断絶するべき。この小説が19世紀に書かれていたら日英同盟もなかったと思いますよ。もうそれくらい悪い。読みながら「死ね死ね死ね、お前が死ね。待て待て待てお主そこを動くな成敗してくれるわ」って叫んじゃうくらい、それくらい悪い。そこが魅力。


それから、この大聖堂の文庫版の解説は養老孟司さんなんですが、養老さんは「嘘の力」というやつを指摘している。

人々は真っ赤なウソが好きで、それを上手に語ることを、物語という。それを「ウソじゃないか」というのはヤボで、なぜならそれをいう人は、ウソでないものがあると信じ込んでいるからである。
(中略)
 だから時代小説は面白い。時代小説は過去の忠実な再現だと思う人はいない。それでいいので、だからそこには人間の真情が読み取れる。ケン・フォレットを読めば、イギリスが理解でき、歴史が理解でき、人が理解できる。文学にはそういう面があるので、それが読みとれないとしても、それは私のせいではない。

養老さん言いたい放題。でも例えばキングズブリッジ修道院の院長であるフィリップに対して、修道院内部で敵対する人物としてリミジアスという司祭が登場する。彼はフィリップの改革をことある毎に妨害し、挙げ句の果てにはフィリップに敵対する勢力に寝返ってキングズブリッジ修道院を出ていくのだが、結果的には全てを失い路頭に迷うこととなる。そして物語の終盤に次のような場面がある。これは、フィリップと彼の弟子であるジョナサンが修道院が保有する石切場の権利をめぐる裁判で不当な判決をくだされて失意のうちに修道院へ戻る場面である。そこで彼らは、ゴミを漁るリミジアスの姿を目撃する。そこでフィリップは、ジョナサンの強い反対にもかかわらず、リミジアスに修道院に戻ってこないかと声をかける。


p. 444-5

「-------一介の修道士としてもどってきなさい。神に許しを願い、残された日々を祈りと瞑想のうちに送り、魂が天国に召される準備をするのだ」
リミジアスはぐっと頭をそらせた。フィリップは嘲笑と拒絶のことばを予期した。だが、予期ははずれた。(中略)長い沈黙があった。フィリップは息を詰めている。やがて見上げたリミジアスの顔は、涙で濡れていた。
「はい、お願いします、ファーザー」と、いった。
(中略)
......リミジアスの帰還は、石切り場を失ったことを補ってなお余りある。裁判では負けたが、たかが石ではないか、と思う。わたしが得たものは、もっと計り知れぬ価値のあるものだ。
 今日、わたしは人の魂を勝ちとった。


こんなのも嘘だろうっていう感じがするし(いや実際嘘だし)、工エエェェ(´д`)ェェエエ工もっとリミジアスを痛めつけてよフィリップさんとは思うんだけれども、それでもなお「ああフィリップさん、そうだよね、そうだよね、それでいいんだよね」と納得させる力があるんです。


まあなんかこれを読んで人生が変わるような教訓が得られるわけではないですけど、夏休みに難しいことを考えずにゆっくり読書を楽しみたいという方にはお勧めできるかなと思います。

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*1:個人の感想です

*2:個人の感想です