『ドラゴン・タトゥーの女』に名探偵吉田一郎くんが登場しない理由


映画『ドラゴン・タトゥーの女』の原作『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』を読んだ。

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作者のスティーグ・ラーソンさんは、スウェーデンのジャーナリストで、本作が処女作だったそうですが、その出版を待たずに2004年に心筋梗塞で急逝されている。


スウェーデンというと税金を高くしていたら、ボルボが異様に頑丈になった上に、怪物イブラヒモビッチを生み出してしまった国というようなイメージしか持っていなかったのですが、本作を読んだことで、恐ろしい変質者が跋扈する国というイメージに変わってしまいました*1。それほどショッキングな内容で、上下巻を一気に読みました。面白かったです。



さて、この『ドラゴン・タトゥーの女』(以下『ドラゴン』と略記)の主人公は、「ミレニアム」という経済誌の共同創業者にして敏腕記者でもあるカール・ミカエル・ブルムクヴィストという男であります。で、このミカエルには、「カッレ君」というあだ名がつけられています。ツイッターでも少し触れたんですが、このカッレ君というのは、スウェーデンの女流児童文学者リンドグレーンの作品『名探偵カッレくん』(以下『名探偵』と略記)の主人公からきています。『ドラゴン』の主人公ミカエルが「名探偵カッレ君」と呼ばれる理由は、もちろんその名前にあるわけですが、彼が名探偵ばりに真実を炙り出す優秀な記者だからでもあります。



さらに、ここでは言えない大人の事情で、ミカエルの相棒となるのが、リスベット・サランデルという、背中にドラゴンのタトゥーを入れた女ハッカーです。実は、リンドグレーン作品『名探偵カッレくん』で、カッレ君のガールフレンドのおてんば娘の名前が、エーヴァ・ロッタ・リサンデルといいます。


このように、『ドラゴン・タトゥーの女』は、『名探偵カッレくん』を下敷きにして書かれています。もちろんストーリーは全然違いますが。因みに、『ドラゴン・タトゥーの女』では、リスベット・サランデルを「長靴下のピッピ」になぞらえる場面が出てきます。『長靴下のピッピ』もリンドグレーンの代表作です。


ドラゴン・タトゥーの女』を読んで、久しぶりに『名探偵カッレくん』を読み直してみましたが、やっぱり面白かったです。

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『名探偵カッレくん』は、スウェーデンの平和な田舎町に住むカッレ、アンデス、エーヴァ・ロッタの三人を中心に話が展開します。

  • カッレ・ブルムクヴィスト

食料雑貨店を営むヴィクトル・ブルムクヴィストの息子。いつか名探偵になりたいと願う十三才。

  • アンデス・ベングドソン

「靴直し屋」の息子。カッレ君より五日後に生まれたが、カッレ君より足が速い。電気機関車の運転士志望。

  • エーヴァ・ロッタ・リサンデル

「ヴィクトル・ブルムクヴィスト食糧雑貨店」のとなりのパン屋の娘。十三才。「男の子に負けないくらい、勇敢ですばしっこい」。カッレとアンデスは彼女と結婚したいと思っている。



アンデスとエーヴァ・ロッタは運動神経もよく活発な子供なんですが、カッレ君はどちらかという怖がりで「どんくさい」少年として描かれています。リンドグレーンの描く子どもたちはいずれも魅力的ですが、特に女の子のキャラクターが素晴らしいです。「長靴下のピッピ」もそうですが、『名探偵』のエーヴァ・ロッタも本当に魅力的です。以下に引用するのは三人が大人に悪戯をして、引っかかったおばさんに怒られる場面です:

垣根のうしろは、ひっそりと静まりかえった。アペルグレーンおばさんは、最後のひとことを爆発させると、ぶつぶついいながら立ち去った。
「すてきだわ。」と、エーヴァ・ロッタはいった。「つぎはだれかしら。あんなふうにおこりちらす人だといいんだけど。」
けれども、町はきゅうに死んだようになった。だれひとり、やってこなかった。垣根のうしろの三人は、もうこの企みをやめてしまおうか、と考えた。


このように三人は、平和な町で、大人相手に悪戯をしたり、子供同士で戦争ごっこをしたりしながら過ごしています。ところが、エーヴァ・ロッタのお母さんのいとこ「エイナルおじさん」が突然この町に姿を現したことで、状況が一変します。このエイナルおじさんに関わることで、遠くストックホルムで起きた大事件に巻き込まれることになったカッレ君たちはどのようにしてピンチを切り抜けるでしょうか...というようなお話です。


久しぶりに読み返してストーリーの面白さに改めて感心したのですが、それ以外でも今まで気付いてなかったことに気付いたり、間違って思い込んでいたことがあることに気付いたりしたので読み返してみてよかったです。


まず、カッレ君たちは小学生くらいだとばかり思っていたのですが、実は13歳でした。13歳にしてはちょっと幼い感じもしないでもないですが、昔の子はあんな感じだったのかなとも思いました。


「昔の子は」と書きましたが、『名探偵カッレくん』のオリジナルは1946年に出版されています。なので物語の中に原爆の話題が出てきたりしていました。これも今回読み直してみて気付きました。


因みに、アメリカでは翻訳の際に主人公「カッレ・ブルムクヴィスト」が、なぜか「ビル・ベルグソン(Bill Bergson)」に変えられています。まったくこれだからアメリカ人はと思わざるをえません。『名探偵ビル君』だと、元変態大統領(変態元大統領か?)が意趣返しに奥さんの秘密を嗅ぎまわっているようなイメージしか浮かびません。
カッレ君を、吉田一郎君にしてしまわなかった日本の翻訳者に最大限の賛辞を贈りたいと思います


『名探偵カッレくん』は小学校の低学年くらいからいける子はいけると思いますが、うちの子は恐がりなのでちょっと無理っぽいです(城跡の地下室に閉じこめられたりする場面やピストルを突きつけられる場面が出てきます)。『長靴下のピッピ』は小学校低学年のわが子もとても楽しんでしました。もちろん大人も十分楽しめます。

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*1:世界中のスウェーデン関係者にお詫びします