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かわいい自己啓発には旅をさせよ


『その科学が成功を決める』を読んだ。出版当時に話題になったので読んだ方も多いのではないかと思いますが、そろそろ忘れているはずなのでちょうどいい時期の紹介なんではないかと思ったりします。ちょっと長くなってしまいましたが、時間の無い方は最後だけでも読んでほしい。

その科学が成功を決めるその科学が成功を決める
リチャード・ワイズマン,木村 博江

文藝春秋
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本書の原題は『59 Seconds: Think a little, change a lot』ということで直訳的に意訳すると『59秒間:ちょっと考えるとごっつい変わるで』となりますかね。この「59秒間」というタイトルは意味不明かもしれませんが、本書の「はじめに」の部分に説明がありました:

 数年前、私はソフィーという友だちとランチをした。 (中略)ソフィーは表情を曇らせ、 心理学的な根拠のある自己啓発の方法は作れないのと訊ねた。 私は幸福感について込み入った専門的な説明をはじめた。 だが、 十五分ほど経ったところでソフィーがさえぎった。とても興味深いお話だけど、もっと手っとり早い方法はないのかしら。「手っとり早いって、時間にすると?」私が訊いた。彼女は腕の時計に目をやり、にっこりして答えた。「そうね、一分くらい?」


これが本当の話かどうかは置いておいて、著者のリチャード・ワイズマン先生はですね、「1分くらい」で「手っとり早く」自分を変える方法を「多岐にわたる心理学の研究論文が載っている専門誌を読みあさっ」て、探しました。だからタイトルが「59秒」なわけです。しかし、ここで問題がひとつ。確か1分は60秒じゃなかったか? 不安になったわたしは、インターネットの集合痴を駆使してこの疑問を検証した。その結果、確かに1分は60秒でした! 「59秒」というのは「1分よりも短い時間で!」というレトリックだと思います。多分。でもひょっとするとイギリスでは1分は59秒なのかも。


著者のリチャード・ワイズマンはイギリスのハートフォードシャー大学教授でプロのマジシャンなんだそうです。大学の先生ですが、一般向けの活動も活発にやっていて、本もたくさん書いてるみたいです。彼のウェブページには「Richard is the most followed psychologist on Twitter」とある。まあ素敵。ウェブページにも著作にも顔写真が掲載されているんですが、ERでグリーン先生をやってた人(ジョージ・クルーニーほどむき出しのエロでない方のエロ医師です)に似ています。でも多分違う人です。


そしてこの本、目次を見ただけでびっくり。もうこわくて本文なんか読めない。

  • 実験 I 「自己啓発」はあなたを不幸にする

 「自己啓発」を実践している人は、何もしない人より幸福度が低いという衝撃のデータ

  • 実験 II 「面接マニュアル」は役立たずだった!

 「ヘマをしたほうが好感度がアップする」という米デューク大学の大規模調査

  • 実験 III イメージトレーニングは逆効果

 ペンシルヴェニア大学研究室発「プラス思考が人生を暗くする!」

  • 実験 IV まちがいだらけの創造力向上ノウハウ

 オランダでの研究成果「暗示をかけるだけで人は創造的になれる」

  • 実験 V 婚活サイトに騙されるな

 ノースウエスタン大学発「大勢にモテようとする女は敬遠される」

  • 実験 VI ストレス解消法のウソ

 アイオワ州立大の研究では「カラオケは逆効果」

  • 実験 VII 離婚の危機に瀕しているあなたに

 「夫婦間の話し合いは効果なし」ワシントン大学調査が下した冷徹な事実

  • 実験 VIII 決断力の罠

 「集団で行う意思決定はリスクが高い」というMITの実験結果

  • 実験 IX 「ほめる教育」の落とし穴

 コロンビア大学発「ほめられて育った子供は失敗を極度に恐れるようになる」

  • 実験 X 心理テストの虚と実

 アテにならないこれだけの科学的根拠


えっ自己啓発ダメなの? 何十年もかけて独自の自己啓発方法を開発してきたわたしにとってはショッキングな目次。わたしが開発した自己啓発法を、大盤振る舞いでひとつだけ紹介すると、まず朝起きたら一番にベランダに出て、「わたしは匿名じゃないとブログのひとつも書けない糞野郎だぁっっっぁぁぁぁぁ」と太陽に向かって叫ぶというものです。これを実践すると1日がすっきりスタートすると実感していたので、まさかこのメソッドまで否定されているのではないかと思っておそるおそる本を開いてみましたが、そういうことは書いてなかった。もちろん肯定もされてない。つまり話題になってなかった。


第一章で疑問符をつけられている「自己啓発法」は、たとえばマイナス思考を頭から閉め出して良いことばかり考えるプラス思考というやつ。だめなんだって。実験の中身は省略。実験も面白いから本読んでください。


その他のテーマも、目次を見て頂ければ分かるように、生きて行く上で身近なテーマを扱っていて、なおかつ巷で言われているコトとは反対の結果が示されていたりもするので興味をそそりますよね。なかなかこの人商売上手ですぜ兄さん。そして、各テーマの最後には「成功へのステップ」と題された節があって、様々な研究結果をふまえた「幸福感」を高めるための「効果的」な方法が提示されているという親切設計。なかなかこの人商売上手ですぜ奥さん。


通読してみて本当に意外なことが多くて楽しく読めたんですけど、若干違和感もあったので後半はそれをツラツラと書いてみます。

  • 言葉の定義について

この本は目次を見るとショッキングな内容になっているんですけども、その主張の根拠となった実験の中身を見てみると、この本で使われている言葉の定義には気をつけないといけないなと思ったりしました。例えば前述の「プラス思考」という言葉。第一章(実験 I)の中に「プラス思考はしあわせをもたらす?」という節があって、表題の通り「プラス思考」の効果に疑問符が付けられています。しかし、そこで根拠となっている実験のデザインは次のようなものなのです:

 ボートンとケイシーは、参加者全員に自分自身の最大の欠点を書き出してもらった。そして半数の人たちには続く十一日間はそのことを考えないように伝え、残りの半数にはふつうに暮らしてもらった。
p. 17-8


つまり、ここで想定されている「プラス思考」というのは、「悪いことを考えないように考えないように努める」というもののようなんですね。ですけど、プラス思考という用語で意味するところは一般的にはもっと多様で、それこそ「悪いことばかり考えるのをやめる」ことだったり、「くよくよしないで前向きに生きる」ということだったりするような気がするんですよね。だから、目次だけ読んで想像するだけだとちょっと危険かなと思います。


それから「イメージトレーニング」なんかも疑問符が付けられているんですけど、ここでの根拠として使われている実験のデザインは次のようなものでした:

カリフォルニア大学のリアン・ファムとシェリー・テイラーは、学生たちのグループに毎日数分間、だいじな中間テストでいい点をとった自分を思い描いてもらった。学生たちは心の中で鮮明に自分をイメージし、どんなにいい気分かを想像した。そして比較対照グループの学制にはいつ通りにすごすように頼み、彼らはすばらしくいい点をとった自分の姿など想像しなかった。
p. 78


つまりここで想定されている「イメージトレーニング」というのは、「何の裏付けもなくとにかく成功した自分をイメージする方法」という想定なんですね。だから、例えば陸上の短距離選手がオリンピックのスタート時点を本番さながらに思い描いてみたり、外科医が手術前に自分の行うべき作業をイメージしてみるとかいうのが俎上にのせられているわけではないのですね。そのあたりはちょっと気をつけたいですね。

  • 国民性とか個性とか

これはまあこの本に限った話じゃないですけど、例えばアメリカ人を対象に行った実験の結果が、日本人に当てはまるとは限らないよねという話なんですけど。それはまあそうだろという話になるんですけど、この集団内のサブ集団の話を突き詰めて考えると、「ああ、それは人それぞれだからね」という話になっちゃうのかなという話です。例えば、実験 IX では「ほめられて育った子供は失敗を極度に恐れるようになる」と結論づけられていますが、これは正確な表現ではありません。正しくは「ほめられて育った子供のグループでは、失敗を極度に恐れるようになる子供の割合が高い」くらいの感じです。だからなんだと言われると困るんですが、つまり、ほめられて育った子供全員が失敗を恐れるようになったということではなく、ほめられて育った子供の中にも失敗を恐れずにチャレンジ精神旺盛に育った子供もいたということです。そして、ここからはあくまで推測ですが、ほめられることで最も効果的にチャレンジ精神が養われるというお子さんもいるかもしれません。そしてそれはあなたの子供かもしれないということです。なんだかインチキ商法の殺し文句のような感じになってしまいますが、このことは頭の片隅に置いておいてもいいような気がしています。



なんだか随分脱線してしまいましたのでおまけにこの本で紹介されているびっくり事例を紹介します。引用が長くなりますが、本書の本論部ではなくて「はじめに」で紹介されているものなので許してもらいましょう。

 そしてかの有名な 「イェール大学の目標達成研究」 はどうだろう。一九五三年に、ある研究チームがイェール大の高学年の学生に面接し、うち三パーセントの学生に人生で達成したい目標を書き出してもらった。 二十年後、同じチームが追跡調査をおこなった結果、目標を具体的に書き出した三パーセントの学生のほうが、 書き出きなかった九七パーセントのクラスメートより成功していたという。 感動的な話であり、目標を立てるとそれが力になる実証例として、 自己啓発の本やセミナーでよく引用された。 だがこの話には小さな問題が一つだけある― 現在わかっているかぎりでは、 この実験が実際におこなわれたという形跡はないのだ。
p.8


エエー。エエー。大事なことなので2度驚きました。本当なんでしょうか。




そして最後にもうひとつ。これはこの本の本論部(実験 V 婚活サイトに騙されるな)に踏み込んでしまいますが、これだけはどうしても紹介しておきたい。それはニコラ・ゲゲンというフランスの心理学者による「女性の胸のサイズと男性の求愛行動」と題された論文にまとめられた実験だそうです。どういう実験か。

若い女性の胸のサイズを意図的に変え、ナイトクラブで男性に声をかけられる頻度を数えたのだ。(中略)予想通り効果は絶大だった。Aカップのままの状態で女性が男性から声をかけられた回数は、一晩に十三回。ゴムをつけてBカップにすると、それが十九回になり、Cカップにした場合はなんと四十四回にまでなったのだ。
p. 134

橋下市長は大阪都構想実現に動く前にまず、すべての男性に最低週3回は切腹することを義務づける条例を制定すべきだと思いました。個人の感想です。以上です。さようなら。