吃音を取り巻く現状についての解説記事 Listen to the lessons of The King's Speech

ひとつ前のエントリーで今月末に公開予定の映画「英国王のスピーチ」を取り上げました。その調べものをしている過程で、「Listen to the lessons of The King's Speech」というコラムを見つけました。Nature誌に掲載されているコラムで、長年にわたって吃音を研究している University College London の実験心理学教授の Peter Howell さんという方が執筆されています。


吃音を取り巻く状況について簡潔にまとめられていました。ネットでも読めますので、詳しくは直接そちらをあたっていただきたいのですが、一応簡単なまとめを書いておきます。吃音については分かっていないことも多く、治療法についても様々な議論があるようです。




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Listen to the lessons of The King's Speech
Published online 2 February 2011 | Nature 470, 7 (2011) | doi:10.1038/470007a



多くの人が依然として吃音の人を嘲笑し、そして彼らの苦しみを楽しんでいる。映画「英国王のスピーチ」の成功と、吃音を取り巻くこうした状況に対する社会の認識の高まりが、こうした偏見が解消される助けになるだろう。


20人の子供のうちひとりが吃音だが、ほとんどはそれを克服する。吃音だった100人のうちのひとり*1がそのままティーンエイジを迎えることになり、この場合完治するのは非常に稀だ。彼らにとっては、その状況をどのようにやりくりする(manage)かが論点となる。ここがこの映画から得られる重要なレッスンである:われわれは吃音を克服する可能性が低い子供の親に誤った希望を持たせるべきではない。


吃音の人は、自分の声が聞こえない状態や自分の声が遅れて聞こえる状態にあると、流暢に話せることがよくある(音楽が流れている状況で話すなど)。今ではこうした効果を生み出すprosthetic デバイスが利用可能(5000ドル程度)だが、そうした技術を利用することが適切であるかどうかについては議論が割れている(デバイスのスイッチを切ると吃音に戻るから)。


より論争を呼んでいるのだが、一部の研究者は、犬をしつけるのに用いる「アメとムチ」的な手法と類似した、verbal operant proceduresを用いると、吃音を矯正できると信じている(特に子供の吃音)。最も普及しているのはLidcombe Programだ(シドニー大学の研究者が開発)。一部のデータはその効果を示唆しているが、確固とした結論を得るには至っていない。


そうした治療に対する論争の大部分は、そこで得られた治療効果が、治療を辞めた後も永続するかどうかに集中している。このようなキャリーオーバーが生じるためには、吃音が本質的に取り消し可能な学習行動であることが前提となる。だがわたしはそうは考えていない。


では何が吃音を引き起こすのだろうか? そして吃音を克服する子供としない子供をどのように識別できるのだろうか? 吃音を克服する人とそうでない人とを比較すると、生物的(遺伝や脳の差異)、言語学的、そして運動的要素と吃音の兆候のタイプについて、両者に差があることが報告されている。


パキスタンの血縁家族(consanguineous Pakistani family)における遺伝子の変異の発見があってから「吃音遺伝子 stuttering gene」としてメディアなどで注目されている(この遺伝子はリソソームの機能に関与するタンパク質をコードしている)*2。ただし、それがどのように吃音の人の中枢神経系に影響するのかについてはさらなる研究が必要。


中国のある家系についての研究から、もう少しもっともらしい遺伝的基盤が示唆されていて、これは以前の報告で吃音に関わるとされた脳の部位(大脳基底核)に影響すると思われる遺伝子の変異が報告されている。


Howellさんの研究からは、8歳児の吃音の重症度によって、その子が成長後も引き続き吃音のままである可能性が高いかどうかを予測することができることが示されている。セラピストがこの情報をどのように活用すべきか(例えば、治療に介入するかどうか)についてはより広い議論が必要だ。大半の人は時間経過とともに吃音を克服するので、吃音が重症化するサインを注意深く観察することがより良いアプローチなのではないだろうか。


もしコリン・ファースの演技がジョージ六世の実態を正確に反映しているのであれば、あのタイプの吃音(子音の持続や、単語の最初の部分の繰り返し)からは、彼が完全に克服する確率は非常に小さいということが示唆される。われわれはこの情報を親御さんに伝える努力をもっとすべき。予想は現実的でなければならないが、しかし、この映画が示すように、それでも希望を持つことは可能だ。


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他のサイトでも少し調べてみましたが、吃音には様々な要因が関係しているようで、そのぶんまだまだ分かっていないことが多いようです。そういう状況もあって、治療法も様々なのですが、Howellさんは幼年期、少年期の過度な治療には否定的な見解をお持ちのようです。また、吃音が成人まで残るタイプの場合、それは完治の確率は低いので、完治を目指すのではなく、manageする方向で話を進めるべきというのが「英国王のスピーチ」がもたらした「レッスン」だとおっしゃっているようです。


映画によって吃音に対する理解が高まり、偏見が解消することにつながればと思いますし、Wikipediaなどを見ると、現在の日本の吃音研究の体制も脆弱なようなので、これを機に研究熱が高まることを期待したいと思います。


ちなみに、紹介したコラムを執筆された Peter Howell 教授は、昨年末に『Recovery from Stuttering』という本を出版されているようです。


*1:GuriGura注:この割合については、異なる数字を挙げている記事も見かけた。このHowellさんのコラムで、吃音の定義が研究者によって違っていることも指摘されていたので、そのことが影響しているのかもしれない。

*2:GuriGura注:該当する論文はおそらくこちら→Kang et al. (2010) Mutations in the Lysosomal Enzyme–Targeting Pathway and Persistent Stuttering. N Engl J Med 362:677-685