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『空手坊や』は二度ベルを鳴らす

突然ですが、映画『ベストキッド』の原題が「Karate Kid』だということはご存知だったでしょうか。日本でこれを直訳して『空手坊や』としたとすると興行的にはコケそうな気がするので、『ベストキッド』というのは上手な「意訳」だと思います(わたしは『空手坊や』という映画のほうが観たいけど)。


ベストキッド以外にも映画のタイトルには、上手い訳が多いような気がします。レイモンド・チャンドラーの原作をハンフリー・ボガード主演で映画化した『三つ数えろ』も原題の『The big sleep』と比べるとインパクトのあるタイトルになっている気がします。ただ、『大いなる眠り』というタイトルに込めた原作者の思いは完全に消えているわけで、そのあたりのバランスは難しいよなと思います。


映画だけでなく書籍の場合もおそらく事情は同じで、インパクトのある訳と原作に忠実な訳とのバランスで、翻訳者はおおいに頭を悩ますのではないかと想像します。そんなことを思ったのは『暴走する資本主義(原題:Supercapitalism: The Transformation of Business, Democracy, and Everyday Life)』を読んだからでした。


『暴走する資本主義』で、著者のロバート・ライシュは、企業を擬人化することの弊害を強調しています(その一環で法人税の廃止を提唱していますし、いわゆるCSRに対しても否定的見解を示しています)。一方、日本語版のタイトルである『暴走する資本主義』というのは、皮肉なことに資本主義を擬人化した表現となっています。出版する側からすると、仮に直訳的に『超資本主義』とした場合に、ややインパクトが弱いのではないかという心配があったのかもしれませんが、原書の内容にそぐわない面が出てくるとマズいわけで、その狭間で出版側は頭を悩ますのでしょうか*1


最近もうひとつ気になった本としては、『10万年の世界経済史』があります。この本の原題は『A farelwell to alms: A brief economic history of the world』なのですが、「A farewell to alms」という部分はヘミングウエイの『武器よさらば(原題:A farewell to arms)』をもじっているのは明らかです。しかし、残念ながら日本語タイトルでそのニュアンスは出せていません。ただ、直訳して『施しよさらば』としても、どんな本なのか想像しづらいのも確かで、出版側もきっと頭を悩ませたことだろうと思いました。


そういう感じで、海外の書籍の日本語版タイトルというのが気になったので、少しだけ調べてみました。



テイストが近い日本語タイトルを持つ本の原題を探る編
以下に挙げる4冊は、「短くてインパクトのなる日本語タイトル」という共通点があり、なんとなくテイストが近いので気になっていました。
1.しまった! 「失敗の心理」を科学する(ジョゼフ・T・ハリナン)

2.まさか!?—自信がある人ほど陥る意思決定8つの罠(マイケル・J・モーブッサン)

3.たまたま—日常に潜む「偶然」を科学する(レナード・ムロディナウ)

4.まぐれ—投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのかナシーム・ニコラス・タレブ


この4冊の原題はどうなっているのでしょうか?

1.Why We Make Mistakes: How We Look Without Seeing, Forget Things in Seconds, and Are All Pretty Sure We Are Way Above Average

2.Think Twice*2: Harnessing the Power of Counterintuition

3.The Drunkard's Walk: How Randomness Rules Our Lives

4.Fooled by Randomness: The hidden role of chance in life and in the market


いずれも直訳というわけではありませんね。でも本の中身をうまく言い表している気がします。ちなみに、2、3、4はいずれもダイヤモンド社から出版されていますので、ダイヤモンド社にこの方式の旨味を知ってしまった編集者がいらっしゃるのでしょうか。




「続編」への対応をどうするか?編

破天荒!—サウスウエスト航空 驚愕の経営(ケビン フライバーグ+ジャッキー フライバーグ)


これも日本語タイトルが短くてインパクトがありますが、先ほどの4冊とはちょっとパターンが違います。この本の原題は『Nuts! Southwest Airlines' Crazy Recipe for Business and Personal Success』です。「nuts」というのは、俗語で「狂った」とかいう意味なので「破天荒」はうまい訳だと思います。


ところが、この本の続編が出まして、原題が「Guts!: Companies that Blow the Doors off Business-as-usual」ときた。ナッツとガッツでセットになっているわけですが、続編の日本語版タイトルは『破天荒!2 仕事はカネじゃない!』。これは流石にダジャレのニュアンスを出せず、ちょっとザンネ−ン。




それからイギリスの開発経済学者ポール・コリアーさんの著作に『最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?』があります。これの原題は『The Bottom Billion: Why the Poorest Countries are Failing and What Can Be Done About It』ですから、ほぼ直訳です(サブタイトルは変えてるけど)。


この著作に続いてコリアーさんは『Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places』を出しますが、これの日本語タイトルは『民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実』となっています。「あの『最底辺の10億人』の著者の本である」ことを強調しており、評判となった前作との相乗効果を狙っているのでしょう。原題を忠実に訳しているわけではありませんが、内容を逸脱せずにインパクトのあるタイトルとなっていて上手だなと思いました。




タイトルにまつわるトリビアふたつ
1. ダンテの『神曲』

原題は、イタリア語: La Divina Commedia(神聖なる喜劇(ディヴィーナ・コンメディア))である、 ダンテ自身は、単に伊: Commedia(喜劇)とのみ題した。


(中略)


日本語訳名『神曲』は、森鴎外の翻訳の代表作アンデルセン『即興詩人』の中で用いられた。その一章「神曲、吾友なる貴公子」において『神曲』の魅力が語られ、上田敏正宗白鳥ら同時代の文人を魅了し、翻訳紹介の試みが始まった。

(引用部分はwikipediaから。以下同様。)


2. アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった

1939年の発表当時の原題は『Ten Little Niggers(10人の小さな黒んぼ、「黒人少年」や「黒人の男の子」とも)』であった。これは作中に登場する童話を暗示した物である。しかし、Nigger(ニガー)は、アフリカ系アメリカ人に対する差別用語であったため、米版では『And Then There Were None(そして誰もいなくなった)』と改題して発行された。後に英版も『And Then There Were None』と改題される。なお「And Then There Were None」とは、鍵となる童話の歌詞の最後の一文である。


 (中略)


なお、日本のクリスティー文庫版では米版に準じており、歌の名前は「10人のインディアン」であり、島の名前もインディアン島である。


その他、上手いと思う日本語タイトルの羅列
『十五少年漂流記』(ジュール・ヴェルヌ
「Deux ans de vacances(英語だとTwo Years' Vacation)」


赤毛のアン』(モンゴメリ
「Anne of Green Gables」


嵐が丘』(ブロンテ)
「Wuthering Heights」


若草物語』(オルコット)
「Little women」


『女王陛下のユリシーズ号』 アリステア・マクリーン
「H. M. S. Ulysses」

「H. M. S.」とは、イギリス海軍艦艇の名前につけられるもので、国王陛下の船(His Majesty's Ship)もしくは女王陛下(Her Majesty's Ship)船の略。例えば、チャールズ・ダーウィンが乗船したビーグル号も正式名称は「HMS Beagle」でイギリス海軍の測量船。


『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 ジェイムズ・M・ケイン
「The Postman Always Rings Twice」

直訳すると『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』となり、日本語版ではそのようにしているものもあるが、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』という方が響きがいいと思う。


『腰抜け連盟』レックス・スタウト
「The League of Frightened Men」 


『人間この信じやすきもの—迷信・誤信はどうして生まれるか』(トーマス・ギロビッチ)
「How We Know What Isn't So: The Fallibility of Human Reason in Everyday Life」


『誘惑される意志 人はなぜ自滅的行動をするのか』(ジョージ・エインズリー)
「Breakdown of will」


『臓器交換社会ーアメリカの現実・日本の近未来』(レネイ・C. フォックス+ジュディス・P. スウェイジー)
「Spare Parts」



それでは皆様良いお年を!

*1:アマゾンで「暴走する」で検索したら、1082件ヒットしました。アンソニー・ギデンズの『暴走する世界』とか。日本の読者は「暴走モノ」に弱いというのが出版業界の常識なのかもしれない

*2:ボブ・デュランは"Don't Think Twice, It's All Right"と言っているのでどうしたらいいか迷いますね