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人生を変える一冊 『たのもしき日本語』

人は誰しも「人生を変えた一冊」というのを持っているものだ。石原良純さんにとってのタウンページのようなものだ。私にとっての「人生を変えた一冊」は、間違いなく『たのもしき日本語』だ、と言っても過言ではない。ただ、そうは言ってもそれはちょっと言い過ぎだろと指摘されると、やっぱりちょっと言い過ぎたかもしれないなと反省する可能性は残されているような感じもする。とにかくそれくらい素晴らしい本なのだ。


『たのもしき日本語』は、吉田戦車さんと川崎ぶらさんが、「ことば」の面白さについて語っている本だ。電車内など公共の場で読むのは非常に危険だと思う。あなたが美女ならば、この本を電車で読んだとすると、「電車内でニヤニヤしている美女」になるし、あなたがイケメンならば「電車内でニヤニヤしているイケメン」になる。そして、あなたの毛髪が薄ければ「電車内でニヤニヤしている変態的なハゲ」となるに違いない。厳しいと思われるかもしれないがこれが現実だ。


さて、本書の「凡例」には次のような記述があってまことにたのもしい。厳しい日本社会を生き抜いていく上でのヒントが散りばめられているようにも思う。

全ての語の検証は92年正月から93年秋にかけて毎月一節ずつ行われ、その都度『月刊カドカワ』誌上で報告された。(中略)発言時点の時制、季節感、社会背景、発言者の見当違いなどはそのまま残した。

世知辛いわが国の一部では、「見当違い」な発言をいちいち訂正や削除する動きが見られるが、なぜそういうことをするのかよく分からない。たかだか見当が違っただけではないか。ちょっと見当があっていたとしてもこの不景気にはなんの影響もしないのだから、本書のように見当違いをそのままにしておくのが吉だと思う。

本書本文においては、その場の勢い、思いつき、憶測だけで語っている発言箇所が多数あり、記事の正確さを追求しないまま掲載したことについてあらかじめ謝罪しておく。また、発言者の間で発言中に発生した疑問などのうち、詳しく調べなくてはわからない事柄については、しばしば事後調査を怠って断念、わからないまま扱っていることについても併せて謝罪しておく。

世知辛いわが国の一部では、記事の「正確さを追求」する動きが見られるが、なぜそういうことをするのかよく分からない。たかだか不正確だっただけではないか。ちょっと正確にしたとしてもこの不景気にはなんの影響もしないのだから、本書のようにそのまま不正確にしておくのが吉だと思う。また、世知辛いわが国の一部では、疑問に思ったことなどは先延ばしせずにすぐに「事後検証」をしてしまうことを推奨する動きがあるが、なぜそういうことをするのかよく分からない。たかだか先にのびるだけではないか。ちょっと検証を早めたとしてもこの不景気にはなんの影響もしないのだから、本書のようにそのまま事後調査を怠るのが吉だと思う。

脚注については、連載時に本文に添付したものに対して、大変でない範囲で資料の再検証を行うなどほぼ全面的に見直しを行い、ある程度直した。(略)

世知辛いわが国の一部では、自らの能力を超えて見直し、再検証、チェックをしようとする動きが見られるが、なぜそういうことをするのかよく分からない。たかだか見直しではないか。ちょっと大変な再検証を行ったとしてもこの不景気にはなんの影響もしないのだから、本書のように「大変でない範囲」でやっておくのが吉だと思う。

本文内に登場する人名は、一般に敬称を略させて頂いた。ただし脚注においては例外がいくつか存在し、節操を失っていることもここで謝罪しておく。

世知辛いわが国の一部では、ことさら「節操」を失わないことを推奨しようとする動きが見られるが、なぜそういうことをするのかよく分からない。たかだか節操ではないか。ちょっと節操を失わなかったとしてもこの不景気にはなんの影響もしないのだから、本書のように適度に節操を失うのが吉だと思う。



あまり紹介になっていませんが、本書は日本語だけでなく、ロシア語(アジトなど)、フランス語(シェ−など)、オランダ語(オテンバなど)、ドイツ語(カルテルなど)、アイヌ語(ラッコなど)、ポルトガル語(ズベ公)、中国語(チンボなど)、フィンランド語(ヨコハマなど)、英語(ハヤシなど)なども扱っており、非常にお得な一冊だと思います。


みなさんの人生を変えた一冊はどんな本でしょうか?